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浜松市の美容室はカミキリベヤ

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藤田佳人

カットの勉強が大好きです!

藤田佳人

名前 藤田佳人
血液型 A型
星座 さそり座
趣味 ジョギング / 自転車 / 加圧トレーニング
私の歴史

1967年11月20日生まれ。さそり座 静岡県浜松市在住。
父、母、奥さん、子供2人(長女、長男)
美容師、ヴィーダフル専任講師、全日本訪問理美容師協会公認講師、JPSAアシスタントプロスピーカー

・幼稚園時代
入園式の日、門をくぐって入園式が始まり 門を出るまでおもいきり大声で泣いていたそうです。
幼稚園の思い出はとにかく行きたくなかったでした。
引っ込み思案で幼稚園バスに乗ることもできないで毎日バスに乗らず母が送迎していた。
送迎があることで決めた幼稚園だったのだが・・・


・小学生時代
引っ込み思案はなくなる。しかし友達はそんなに増えずに毎日かえってくるとブロックで遊んでいた。ブロックでゴジラ、戦車、家などをひたすら作っていました。
休みの日には父と一緒に魚釣りをして過ごしました。優しい父でいままで怒られた記憶がありません。要するにものすごく甘やかされて過ごしていた小学校時代です。
勉強はやりませんでした。宿題もやりませんでした。やりたくないというよりもブロックをやっていました。6時半になると夕飯を食べてTVを見て9時に寝ていました。
勉強と運動は目立ちませんでしたが合唱コンクールではソロのパートをやったりピンクレディーのものまねでみんなを沸かせることも・・・何を考えているのかいまいちつかめない子供でした。


・中学生時代
水泳部所属。 勉強をしないので成績は下の方しかし「美術」だけは一生懸命にやる。特にレタリングが好きでひらがなをスケッチブックに毎日描いていました。
日本全国ツッパリブーム。そんな時代だったので勉強をしない人はたいがいつっぱってました。私もそうだったんだけどけんかをしたりタバコを吸ったりといった事はしないでなんとなくいきがっていました。
要するに何をかんがえているのかつかめない男でした。


・高校生時代
ヨット部所属。男子高校だったので女子の目が気にならなくなりました。
この頃は少しからも破れ言いたい事も少しずつ言えるようになっていました。勉強はしないので成績は下の方。ヨット部でもこれといって成績は残せませんでした。
でも、部活の仲間はみんな良い人ばかりで居心地がよく毎日部活が終わりかえりに寄り道をしたり家に行ってご飯を食べさせてもらったりと遊んでいました。今でもこの仲間は私の一番の親友です。髪型をおしゃれにする事に少し目覚めた来た頃で、先輩に憧れ「美容師」になる事を決意。


・専門学校時代
上京。専門学校ではロットを巻いたりカットをする毎日。ひたすら練習をしていました。特にロットを巻くのが好きできれいに巻くことにこだわっていました。
バイトで居酒屋で働いていました。接客の事もここでいろいろ学びました。働くって大変だけど面白いなぁっと思いました。バイト代で専門学校の友達とコンパしたり洋服を買ったりデートしたりとっても楽しかった時です。東京に行って性格も変わりました。引っ込み思案だった性格はどこかにいってどんどん前に行く性格になっていました。きっといろんな人が周りにいたので周りの目が気にならなくなり自分らしい性格が表現できるようになったからだと思います。

・修行時代
浜松に帰り修行する。美容の基本を学び日々練習の毎日。カットが出来るようになり美容師の本当の楽しさを心から楽しんでいました。
お客さまの笑顔がとっても励みになりやりがいがありますますのめりこんで行きました。


・独立
~北寺島時代~
浜松に美容室「髪切部屋」をオープン。それとともに結婚もする。
奥さんとスタッフ3人でスタート。しかしすぐにスタッフが退職する。奥さんと2人で再スタートする。スタッフが辞めたことで自分のなかでショックで少しスタッフと一緒にやるのが怖くなる。 雇ってもまた辞めてしまうのではないかと・・・

その頃、独学で「ドレッド」をマスターし浜松でドレッドといえば「髪切部屋」といわれるようになる。趣味で走り始める。健康に意識し始める。子供が生まれたことがそうなった理由だと思います。走っていると考えている事が整理されてくるんです。 くよくよしている事もどんどん忘れて忘れるというよりも どんどん肯定的になるといった方がいいかも。

~有玉時代~
現在の有玉に移転し「カミキリベヤ」と表記をカタカナに変える。幅広い客層に支持され沢山のお客さまがご来店するようになる。
しかしオープン当初いたスタッフが10ヶ月で辞めてしまう。理由は私の未熟。スタッフの失敗を責めてしまいヤル気を失わせてしまったからです。その頃は「最近の若い者は我慢が足りない」とスタッフのせいにしていた。

~倦怠期時代~
年齢が40歳を過ぎ学ぶことをしてこなかったので技術が時代にそぐわなくなってくる。その間もスタッフを雇うもみんな辞めてしまう。理由は一緒でスタッフを責めてしまうからです。この頃は一番つらかった時期です・・・
自分のヤル気も売上も下がってくる。どうにかしたいなあと思っていたがリーマンショックなどのせいにしてあきらめかけていた・・・

~アチーブメントとの出会い~
ヤル気が出ない。もう私はだめだ・・・と思っていた頃 AVEC代表大杉社長と出会い「人はいつからでもよくなれる」とアドバイスを頂く。
40歳を超えていた私でもよくなれると聞き よくなれるためには技術がありその技術を体得すれば誰でもいつからでもよくなれる 成功する人はみんな その技術を体得している。と聞き よくなりたい 一心で アチーブメントの頂点への道「スタンダードコース」を受講。
成功の原理原則を学ぶ。 そして日々実践し始める。

~訪問カット~
美容師として施設や寝たきりの方、何らかの事情で美容室にカットにこれない方のために、こちらから出向いていってカットするサービスを「訪問カット(出張カット)」と呼びます。

まだ訪問カットを始めたばかりの頃のエピソードです。 お客さまが車椅子で施設の「理美容室」に、職員に連れられて入ってきました。カットの準備が終わりいつものように「〇〇さん 今日はどのように切りますか?」と尋ねましたが返事はありませんでした。 (意思疎通ができない方だそうです)そういう場合は私が似合うスタイルを独断でカットすることになっていたのでどんな風に切ろうか考えました。 (お肌の感じや洋服のイメージから)長年の美容師の勘で、この方はきっと若いときはおしゃれだったと思い「ヘアカタログ」を見せて「AとB」とどっちがいい?って尋ねました。が、しかし反応はありませんでしたが 「A」の方がお似合いだと思い「〇〇さん Aの方がお似合いだと思うので」と伝え 心を込めてカットしました。しっかりとブローし手鏡でお客さまに髪型を確認してもらいました。 そうしたらお客さまが・・・





「ス・テ・キ」と か細いですがしっかりとした口調で答えてくれました。


そのときすーっと涙が出ました。
あの日の事はいまでも私の心に大切な思い出として残っています。訪問カットは、何か自分が社会のために出来ることはないか?と考えてはじめました。施設にカットをしに行って実感するのは髪の毛を綺麗にすると皆さん元気になってイキイキするんです。 そんな事を実感しながらやっています。

ジョギングに加圧トレーニングもはじめ体を鍛える事で精神力も鍛えられ成長を感じています。ここでも「人はいつからでもよくなれる」を実感できているので体のコンディションを保つ事は私の基本です

スタッフも加わり毎日成長を実感し売上も2015年最高売上 最高利益を上げ前年度20%成長をしている。施設カットの契約件数も年々倍増しています。これもみなさんに喜んでもらう為に何が出来るかをいつも意識しているからだと思います。


2017年 1月 倫理法人会 講話
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2016年 入野中学 未来授業 講師
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2017年 7月 静岡市グランシップにて 「美男子セミナー 講話」
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2017年 5月 全日本訪問理美容師協会 講話 (名古屋)
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カミキリベヤは「本質的な頭皮の改善で 髪がよみがえり お手入れがしやすくなる」美容室としてみなさんに愛されています。




好きな言葉:「人はいつからでもよくなれる」